本日は前回のブログ内にて少しお話をさせて頂いた、私の生い立ちについて簡易的にご紹介をさせて頂きます。
1993年生まれ(現:31歳)神奈川県の川崎市が出身です。小学校3年生の頃から家族の影響もあり野球を習っており、現在でも野球チームに所属。月数回ではございますが、今でも会社の定休日には野球の試合に出場しております。20代後半まではこの野球も見るよりやる方が好きだといつも意気込んでおりましたが、今ではこの暑さと体力の衰えもあり、見る方が好きになりつつあります。
中学校ではチームの主将(キャプテン)を務めさせて頂いており、高校・大学と野球をやる事を目標にしておりましたが中学生時代、数試合投手として連投したことにより肘を故障。言葉で説明するのが難しいですが、肘の内側にある丸い骨が全て剝がれてしまいボルトで固定をする手術を受けました。この出来事がきっかけで高校・大学は野球とは携わっておりましたが、これまでの熱量で向き合う事ができず、学校にも行かなくなってしまいました。そのため学生時代は学校よりもアルバイトをしている方が多かった、いわばダメな学生の一人でした。
アルバイトをしている中で、お金を稼ぐという事の楽しさを知り、正直大学にも行くことは考えていなかったのですが、その時に両親が「今の時代は行かなくても良いから大学は出ておけ。」とそっぽを向いている私に言い続けてくれて嫌々ではありましたが、大学へ進む事を決めました。その当時はうるさいと思っておりましたが、今では感謝しかありません。
大学に入学をしたは良いものの大学に進み何をしたい、何を目指したいなどはもちろん無く、高校時代と変わらずいくつかのアルバイトを掛け持ちしてただひたすら欲しい物を買うためや遊ぶために働いていました。そのような中、このアルバイトがきっかけで私が今会社を経営させて頂いてる事に結び付く出来事がありました。接客業のアルバイトをいくつか掛け持ちしていた私を気に入って下さったあるお客様がお前に出資するから経営してみないか?とお誘いを受けたのです。正直最初は常連の方で何回か会っているとは言え、不信感しかありませんでした。ですが、この頃はただただ稼ぎたい。色々な事をやってみたいという好奇心からこの話を受けてしまいました。
皆様この時点で既に予想が出来ているかと思いますが、この話は見事に失敗。さらにはその方とは連絡が一切取れなくなり学生ながら失敗による負債の借金だけを負うことになりました。(経緯は色々ありますが、長くなりますので簡潔にします。)今思い返すと何をやっているんだ馬鹿。と自分でも思います。しかし、この出来事がきっかけで経営の難しさや社会の厳しさを知り、その反面その人を見返したいという気持ちと、そして自分がそのような立場になっても絶対に同じことをしないで成功させるという野心が芽生えました。
上記の出来事があったため、気づいた時には大学3年生になっておりました。アルバイトばかりしていた私だったため学校にはほとんど行かず、大学に行くと誰だっけこの人?と思われるような存在。勉強はついていけず単位も足りない。このまま何か起業しようか!なんて甘い考えをしておりましたが、この時に入学式から数日で仲良くしてくれた数人の友人が助けてくれました。そしてその友人が一緒に就職活動しようよと誘ってくれたことや、中学3年生以降、不真面目で何を言っても歯向かう私を見捨てずに向き合い続けてくれた家族からの後押しもあり、遅すぎる就職活動がスタートしました。
長々と書き連ねてしまいましたが、今回の記事はこの辺までにさせて頂きます。次回はこの遅すぎた就職活動が果たしてうまく行ったのか?就職活動からの生い立ちをご紹介させて頂ければと思っております。
つまらない生い立ちかもしれませんが、最後までお読み頂き有難う御座いました。
